狂骨の衛
第一章 淫夢
兄と交わる夢を見た。
なんて夢を見てしまったんだろうと、目覚めた衛はまずそう思った。
それも、この衛の部屋で、このベッドの上で、あんなに絡み付いて……思い出すだけで赤面してしまう。
確かに衛は、実の兄のことを尊敬しているし、好意に思っている。だがそれは、恋愛対象とは違う、兄妹としての愛なのだ。
だというのに、こんな夢を見るなんて。
衛は火照った体を持て余すように、手早く着替えて早朝のランニングへ出かけた。
そのときだった。
散歩している兄の姿を見つけたのは。
「あ、あにぃ……」
衛は咄嗟に、電信柱に身を隠した。
すぐに見つかってしまうのではとあせったが、兄は衛に気付かなかったようで、薬局へ入って行った。
「よかった。どうやら見つからなかったみたい」
ほっと胸をなでおろす衛。
同時に、兄から隠れてしまった罪悪感も感じていた。
「ボク、何してるんだろう。あにぃは何も悪いことなんかしてないのに。隠れるなんて……」
これではいけない、そう思いなおし、衛は薬局へ入った。
兄の姿を探すと、案の定すぐに見つかった。真剣な顔で薬を選んでいた。
「あにぃ、おはよう!」
元気よく挨拶すると、兄はちょっと驚いたあと、優しく挨拶を返してくれた。
その後、衛は兄と一緒に朝の散歩を満喫した。結局兄は薬を買わなかったが、どこか具合でも悪いのだろうか、不安げにたずねる衛に、兄は笑顔で、なんでもないと答えた。
第二章 淫夢、再び
次の日も、衛は淫らな夢を見た。
相手はまたも兄だった。
「うわあ!」
ベッドから跳ね起きた衛は、ゆだこのように顔を赤くして走り回り、歯磨き粉で顔を洗って洗顔フォームで歯を磨いた。
「ボ、ボク……あにぃと、ああいうことしたいって、思ってるのかな」
顔を真っ赤にしたまま、衛は呟き、夢の内容を思い出していた。
夢の中の兄は、衛の知らない卑猥な言葉を使い、衛の体を乱暴に犯す。衛は人形のようにされるがままで、兄に犯される自分を他人ごとのように眺めているのだ。
「うう、ボクどうしちゃったんだろう」
二度も続いた淫夢。
これではまともに兄と顔をあわせることも出来ないかもしれない……。
「なんだか落ち着かない……カラダもだるいし、ボク、どうしたらいいんだろう」
複雑な心境の衛。
しかし、衛の受難な日々はまだまだ続く。
第三章 淫夢、三度
「わあああああああ!」
まただ。
またあの夢だ。
今日はいつにも増して、激しかった。
兄は獣のように衛に覆いかぶさり、抵抗出来ない衛の体を貪りつくしてきた。
今までは、単純に恥ずかしい夢でしかなかった。
しかし、今日の夢は。
怖かった。
初めて兄を、恐ろしいと思った。
もちろん夢の話なのだが。
衛はふらふらとよろけながら、学校へいく支度をする。
「し、しっかり……しなきゃ」
第四章 夢殺し
これは悪夢だ。
衛は夢の中で、狂ったように陵辱され続けた。
終わらない。
何度も、何度も。
現実でも、衛は憔悴しきっていた。
あばら骨は浮かび上がり、健康的な体が見る影もなくやせ細っていた。
終わらない。
狂宴に終わりはない。
ある日。
ある夢。
衛は気付いた。
自分を陵辱している人物は、兄ではなくなっていた。
脂ぎった肌。
大きく突き出た腹。
垂れ下がった乳。
中年の醜悪な男性の姿が、そこにあった。
揺れている、揺れている体。
繋がっている体。
衛は、
「わああああああああああああああああ!」
衛は叫んだ。
一方的に犯されるだけだった衛が、夢の中で始めて自我を取り戻した。
男を突き飛ばす。
腰を抜かす男の顔に、躊躇なく蹴りを放つ。男は鼻血を吹き出しながら、
「は、話が違う!」
亀のように這って逃げようとする。
「あ、ああああ!」
衛は後ろから男を蹴った。
即座に男も抵抗してきたが、鈍くてとろくて、衛の敵ではない。
「あ、ああ! わああ! わああああっ」
今度は目に付いた物を全て投げつける。
うずくまる男の頭をつかみ、何度も床に叩きつける。
男は動かなくなった。
死んだのだろうか、夢の中でも人は死ぬんだろうか。
衛は男の死体を引きずって、外へ連れ出した。井戸が、井戸があったはず。現実と同じ場所にあった井戸を見つけ、死体を放り込んだ。やたらと重くて苦労したが、なんとかやりとげることができた。
つらい、疲れた、眠い。
衛は部屋へ帰り、ベッドに横になった。
翌朝、衛の部屋は荒らされていた。
衛は呆然としながらもそれを直し、学校へ向かった。
その夜、またあの夢をみた。
今度はやせた男だったが、やることは同じだ。
昨日と同じ。
やはり殺して井戸に捨てた。
また、部屋が荒れていた。今度は直さなかった。
そしてまた、同じ夢。
犯されて、殺して、捨てる。
それだけだ。
そう、これは。
ただの夢なんだよ。
ようやく、悪夢は終わった。
兄と一緒に野原を駆ける夢を見た。
それは、いたって普通の。
幸せな夢だった。
それから衛は、みるみる元気を取り戻し、骸骨のようにやせ細っていた体も健康的な肉付きを取り戻していった。
最終章 全て偽りの夢
忌まわしい悪夢から数ヶ月。
突然の嘔吐感に襲われた衛は、兄の家に遊びに来ていた最中に、戻してしまった。
兄は衛の身を案じ、病院まで連れて行ってくれた。
大げさに手術まで受けさせられることになった。よくわからない書類にサインして、兄の提案で麻酔を打たされ、手術を受けた。
「あっ、」
衛は兄の背中で眼を覚ました。
おんぶしてくれているのだ。
衛は気恥ずかしくなったが、嬉しい気持ちの方が強かった。
「ありがとう、あにぃ」
お安い御用だよ、と兄は言ってくれた。
その優しさが衛の胸を指した。
こんなに素晴らしい兄に対して、自分はなんてひどい夢を見たいたんだろうと、衛は恥じた。
「ねえ、あにい。ボク、結構前にね、すごく怖い夢を見てたんだ。何度も何度も……本当に怖かったんだよ」
兄はおかしそうに笑った。
「わ、笑うなんてひどいよ。すっごく怖い夢だったんだもん……あれが現実のことだったらって思うと、ボク、どうにかなっちゃいそうだよ」
震える衛に、兄は柔らかい口調で言った。
――全て、衛の夢さ。
やがて、兄の背中で、衛は静かに寝息を立てていた。
<<了>>
戻る