孤島
アレは何だろう。
プールの真ん中に、机がぷかぷか浮かんでいる。それはこの上なく奇妙な光景であり、滑稽ですらある。
水面にたゆたう机を眺めていた僕は、ふと同じクラスの苛められっこである太一君のことを思い出した。
太一君はクラスの女子の水着を盗んだ疑いがあるため、それを理由に苛めを受けている。
水着を盗んだのが太一君だという証拠はない。ただ、事実として吉田さんの水着は紛失していて、太一君が吉田さんのことを好きだということはクラスの誰もが知っていることだった。そんな状況で太一君が疑われることになったのは、ある意味必然と言える。
そんなわけで、太一君はクラス中から村八分のような扱いを受け、過酷な生活を送る羽目になってしまった。周りから白い目で見られるようになり、誰かに話しかけても無視されて、太一君の机はいつも独りぼっちだった。
僕には、あのプールの真ん中で浮かんでいる机が、孤独に震える太一君の机とダブって見えてしまった。というよりも、もしかしたらアレは本当に太一君の机なのかもしれないという気になってきた。もしそうなら、やったのは一体誰だ?
わざわざ教室からプールまで机を運んで浮かべるなんてエキセントリックなことをするやつ。そんなことをするやつといえば……あいつしかいない。
クラス一のお調子者、竹田くんだ。彼ならやりかねない。いや、彼にしか出来ない。
僕は竹田君が机を抱えてプールに放り投げる様を想像して、ぷっと吹き出した。
かくいう僕も太一君を苛めている一人だから、竹田君の敢行した秀逸極まる苛めに感心してしまったのだ。
本当によくやるなあ、そう思いながら僕はプールに近づいていく。
あんな所で一人で浮かんで、まるで孤島みたいじゃないか、なんてことを思いながら。
そうして、プールサイドまで歩いた頃になって、僕はようやく異変に気がついた。
な、なんじゃあこりゃあ!
僕は今まで何を見ていたんだ?
コレが太一君の机だって?
コレが孤島だって?
ばかばかしい。
そもそもコレは机ですらないじゃないか。
僕は服を着たままざぶざぶとプールに足を踏み入れて、ソレに近づいていく。
小さな波が生じて、ソレはゆらゆらと揺れながら浮き沈みを繰り返している。
そうして、僕はソレの目の前にまで来て、改めてソレが何であるのかを確認した。いや、確信した。
プールの上にぷかぷか浮かんでいたソレは。
太一君の死体だった。
顔をうつぶせて、手足をだらんと伸ばしている。水面に出た背中が机で、手足が机の脚に見えた……そんなバカな。人間の死体と机を見間違えるなんて、どう考えてもありえない。いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃあない。
僕はうつぶせ状態の太一君の顔を掴み、ぐいと引き寄せてみた。
コレは間違いなく、太一君の死体だ。
太一君は笑っていた。
ざまあみろ、そう言っているような気がした。
くそう、太一君のくせに生意気な!
「きゃあー!」
後ろから叫び声が聞こえた。
振り向くと、担任の先生がプールサイドに立っていた。
わなわなと震える指で僕を指指している。
ああ、僕はようやく理解した。
昼休みにプールに行けば面白いものが見れる、なんて手紙を机の中で見つけて、期待して来て見れば死体が浮かんでいる。
そして、五時間目の水泳の時間のためにプールを訪れた先生に、死体と一緒の所を目撃されてしまった。
多分、先生はこう考えているんだろう。
僕が殺したと。
たとえ証拠はなくても、きっと僕は疑われるだろう。
そう、証拠もないのに水着を盗んだと疑われた太一君のように。
くそう。
僕はぷかぷか浮かんでいる太一君の死体をざぶんと沈めてやった。
全く、まんまとしてやられたよ、太一君。
おそらく君の目論見どおり、僕は人殺しの烙印を押されて、君が受けた以上の過酷な苛めを受けるだろうよ……。
僕はふうとため息を吐いてから、相変わらずきゃあきゃあ言っている先生に向けてこう叫んだ。
「吉田さんの水着を盗んだのは……この僕だ!」
その刹那、先生はつるんと滑って頭を打って気絶した。
僕はプールから脱出して、ずぶ濡れのまま校舎へ向って、職員室に入るなり、大きな声で言った。
「大変です! 担任の先生が、太一君をプールに沈めて殺しました!」
何だってえという返事が返ってきたので、僕は爆笑しそうになるのを堪えて、そうなんですうと返した。
<<了>>
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