魍魎の花穂
兄が自分以外の妹と寝ていることを、花穂は知っている。
今に始まったことではない……だいたい十二人も妹がいて、全員が美少女で、兄のことを異常なまでに愛しているという事実を考えれば、兄がああなってしまうことは当然なのだ。
それでも、花穂は思う
兄に、自分だけを見てもらうにはどうすればいいのだろう。
どうすれば、兄を自分だけのお兄ちゃまにできるのだろうか、と。
第一章 邂逅
学校帰りにはお気に入りのクレープ屋に寄るのが花穂の習慣だった。
ベンチに腰掛けて甘いクレープを食べつつ、花穂は昨晩の出来事を思い出していた。
久しぶりに花穂の家へお泊りに来てくれた兄は、花穂を抱きながら愛を囁いてくれた。
しかし、その愛は十二人の妹全員に囁かれている言葉なのだ。
花穂はそれを、自分だけのものにしたい。
食べかけのクレープを握りつぶし、ぐしゃぐしゃにしてゴミ箱に捨てた。
「まるで犬ね」
手に付いたべとべとをなめていると、姉妹である凛々に声をかけられた。
凛々は姉妹の中でも変り種であり、怪しい発明を繰り返すマッドサイエンティストとして知られている。
花穂は悪態の一つでもついて、さっさと帰ろうと思ったのだが、凛々の持っている箱が気になって、ついじっと見つめてしまった。
「あら、花穂ちゃあん。これが気になるの」
凛々はさも大事そうに、その箱にほお擦りした。その様子があまりに愛らしいものだから、中に入っているものは、さぞかし素晴らしいものだろうと、花穂は期待した。
「フフ、見せてあげる。特別だからね」
凛々はそう言うと箱の蓋を持ち上げ、中を見せてくれた。
箱の中には凛々がぴったり入っていた。
凛々の箱には、凛々が入っていたのだ。
箱の中の凛々は胸から上だけで、人形のように綺麗な顔をしている。
何とも可愛らしくて、そっと手を伸ばして頭を撫でてあげた。
すると、箱の中の凛々は
にっこりと微笑んだ。
ああ、生きている。
凛々は、蓋を閉じてそのまま去ってしまった。鼻歌を歌う後姿は、いかにも幸せそうだった。
なんだかひどく、凛々がうらやましくなってしまった。
そして、思う。
自分なら、あの箱に何を入れるだろうか。
決まっている。
箱の中には、一番愛しい者が入るのだ。
第二章 箱
箱が必要だ。
目に付いた店を虱潰しに回り、箱を買い漁った。
部屋を埋め尽くす程の箱に囲まれて、うっとりとしてみる。
中でもお気に入りの一つを取り出し、ほお擦りして幸せを満喫する。
この箱に自分の愛しいものが入るかと思うと、うきうきと心がはしゃぐ。
ああ、早く。
箱に入れたい。
だが、と花穂は思いとどまる。
初めから上手く入れれるとは限らない。
このような小さな箱に入れるには、手や足などは切り取らねばならないだろう。どのようにして切り取るべきか、上手く納めるのに最善の方法を探さねばならない。
試行錯誤が必要だ。
幸い箱はたくさんある。
実験材料には事欠かないのだ。
第三章 実験
衛という姉妹は兄の次に愛しく思っていた。
だから初めの実験材料には最適だと判断した。成功すれば兄ほどとはいかずとも、それなりの幸福感を得られるであろうし、失敗したとして兄を失ったのと比べれば対した被害ではない。
結果は上手くいかなかった。
やり方が下手なのだろうか、花穂は頭を抱えて悩む。
ならば、修練を詰むより他はない。
なぜ上手くいかない。
咲夜という女は気に入らない所しかなかったため、喪失感はない。苛立ちは自分の下手さ加減である。花穂は当たりちらすように咲夜を箱に詰めるが、どうにも収まりが悪い。
それに、これではダメなのだ。
こんな醜くなってしまっては、いざ愛しいものを納めたとて嬉しくもなんともないだろう。
あのように。
頭を撫でると微笑むような、美しいものでなければ意味がないのだ。
ああ、と花穂は思い至る。
凛々に聞けば良いのだ。
箱に入れる方法を。
なぜ今まで気が付かなかったのだろう。
素直に教えてくれるとは限らないが、今はそうするより他ない。
ああ、だが。今日はダメだ。
今日は兄の家へお泊りすることになっているのだ。
第四章 花穂のお兄ちゃま
花穂にとって兄は理想であり崇拝であり美であり知であり体であり究極であり完璧である。
それ故に花穂は兄を愛す。
衣類を脱ぎ捨て獣のように絡み合いながら、花穂は自分のカラダを求めてくる兄を愛しく思い、唇を重ねる。
たくましい体を撫で、しかしごつごつとはしていない決め細やかな肌の感触に、花穂は兄への幻想を深める。
兄があえぎ声を漏らし、一層力強く花穂に覆いかぶさってくる。
それを受け入れるように、花穂は兄の首に手を回す。
きめ細かい首の肌が視界に入る。
兄の首に小さな痣が見えた。
いや、しかしよく見れば、それは痣などではなく。
それはにきびだった。
にきび?
にきびが
最終章 倒錯
意を決して挑戦してみたが、やはり失敗だった。
家から箱を持参してみたが、どうにも上手くいかない。。
やはりダメだった。
そもそもにきびが出来た時点で、兄は完璧ではなかった。
ばらばらになった兄を庭に埋める。
箱が残った。
「あっちゃー、やっぱりこういうことか」
凛々のとぼけた声が聞こえた。
いつからそこにいたのか、勝手に庭に入ってきたかと思えば、とぼけたことを言う。
「ねえ、花穂ちゃん」
転がっていた箱を拾い上げ、こちらへ向けて言った。
「あなた、箱に入ってみない?」
殺したかったわけではない。
箱に入れて愛でたかっただけだ。
箱に入った。
痺れている。
眠っているのか起きているのか定かではない。
どのようにして箱に入れられたのか覚えていない。
気持ちが悪い。
頭らしき所を撫でられる。
凛々だろうか。
ああ、愛でられている。
もし、自分が兄を箱に入れることが出来たなら、きっとこのように愛でていたことだろう。
ただ。
これは。
ひどく。
不快だ。
あはは、花穂ちゃんの箱だ。
凛々の笑い声が聞こえる。
花穂は笑わなかった
<<了>>
戻る